現代社会、特にファッション業界では、最新の流行は常に再生産されている。毎年、その年に流行すべきデザインが大々的な宣伝によって、大衆心理の間に浸透し、そのブランドの最新の服を身に着けることで、共有された「今」を消費することができる。一方で、そんな最新の流行も一年も経てばすぐに時代遅れになり、店頭から撤去された商品はあたかも最初から存在しなかったかの様に消え去ってしまう。
しかし、ここテキサス州西部の砂漠地帯には、2005年のコレクションを永久に陳列するプラダが存在する。永遠の「今」を生きようとする現代の人々に、抗いがたい時間の流れを見せつけようとするかの様に。
テキサス州西部のメキシコとの国境に近い辺りは、どこまで行っても背の低い植物がまばらに点在するだけの砂漠地帯が広がる。しかし、高速道路であるI-10をVan Horn(バン・ホーン)で南に曲がり、ルート90を南に40マイル程進むと、突如として道端に回りの風景と全くそぐわないものが現れる。
一見変電所かトイレか何かだと思うのだが、掲げられている看板はどうみても世界的なファッションブランドのプラダである。いかに周りと比べて違和感があるかをご理解頂くために両側の風景もご覧頂きたい。
ご覧の通り、店の両側には50年前も変わらなかったであろう砂漠の風景が広がっている。しかも、店の中に目を向けると、確かにプラダのものと思われるバックや靴がところ狭しと並べられている。
しかし、すぐに違和感に気づく。まず、どこにも店員の姿がない。それに陳列されている商品もどことなく一昔前の物の様に見える。
実はこれ、北欧出身のアート集団であるElmgreen and Dragsetがプラダの公認を得て2005年に制作した「Prada Marfa」と呼ばれる現代アートなのだ。プラダの2005年コレクションを陳列した上で、一切の修復を施さず、次第に風化していくに任せることそれ自体が、現代の物質主義への批判を込めたアートとなっている。
しかし実際には、Prada Marfaの過去10年の道のりは、「次第に風化していく」といった様な穏やかなものではなかった。完成して6日後以降、中の商品はたびたび盗難に合い、落書きの被害も何度も発生している。製作者側としては、苦肉の策として、靴は片方だけ、バックは底を切り取って展示することとなる。(上の店内の写真をもう一度見て頂きたい。)更に、2013年には、テキサス交通局から、不法な道路上の広告物とみなされてしまう。
現代の物質主義への壮大な批判を行う前に、そうした物質主義に染まった個別の人々への対処が必要だったわけであるが、関係者達はこの息の長いプロジェクトを成功させようと粘り強い努力を行っており、2014年9月にはテキサス交通局とも、Prada MarfaをMuseumと識別することで合意する。(2014年9月12日のHouston Chronicle電子版の記事)
絶え間なく最新の流行が再生産、消費され、廃棄される現代社会。50年後の未来に、21世紀初頭の「今」を思い起こさせるものがどの程度残されているだろうか。このPrada Marfaがゆるやかな風化を経て、「今」、そして「今」からの時間の経過を伝えるアートとなっていることを願いたい。
※なお、実際に訪問する場合、Prada MarfaはMarfaという名前がついてはいるが、実際のMarfaの町はそこから更に南東に40マイル程行った場所にあり、このアート作品はValentineという町に位置していることに注意して頂きたい。
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