テッド・クルーズとフリアン・カストロ-テキサスのラティーノ系政治家達

5月3日、これまでアメリカ共和党による大統領選挙の予備選で善戦を続けてきたテキサス州選出のテッド・クルーズ(Ted Cruz)上院議員が、インディアナ州での敗北を受けて選挙戦からの撤退を表明した。終わってみれば、彼の敗北は予想できたものだったと思う。というのは、トランプ旋風の原動力となっていると思われる、アメリカ南部や中部に住む保守的な白人男性の怒り、社会保障や移民政策におけるリベラルなオバマ政治に対する怒りを取り込むには、キューバ系移民出身であるクルーズ氏のバックグラウンドは余りに不利だったからだ。

その意味を考えるために、日本ではあまり知られていないが、同じテキサス出身でここ数年で新星(Rising Star)として民主党内でメキメキと頭角を現し、ヒラリー・クリントン氏の副大統領候補の一人と目されているフリアン・カストロ(Julián Castro)現住宅都市開発長官とを比較してみたい。

まず、テッド・クルーズ氏。生まれこそカナダのアルバータ州でそのことをトランプ氏に批判されもしたが、1974年に4歳の時に家族でテキサス州ヒューストンに移住し、以降はテキサス州で育った。彼の父親は10代の頃に祖国キューバからアメリカに渡り、テキサスに移住後、プロテスタントの中でも保守的な福音主義の牧師となる。そうした家庭環境が、ラティーノ系でありながら、南部の保守的白人男性も驚く程に保守的な彼の政治的立場を形作ってきたと考えられる。彼はハーバード・ロー・スクールを卒業後、テキサス州の訴訟長官等を務め、2012年にテキサス州の上院議員に当選している。

自身もラティーノ系移民でありながら、クルーズ氏の公式ウェブサイトでは、トランプ氏に似た過激な移民政策を掲げている。彼はまず、メキシコとの国境により強固なフェンスを設置し、国境警備隊の数を3倍にすることで、これ以上の不法移民をブロックすることを主張する。その上で彼は、オバマ政権が進めてきた不法移民の一部合法化の政策を改め、よりアメリカ国民の利益に敵った新しい移民法制を作り上げることを謳っている。

しかし、クルーズ氏の場合、いかに過激な移民政策を掲げても、自分自身がそうして規制されるべきラティーノ系移民の一人として見られるというジレンマを抱えている。トランプ氏が保守的な白人男性像を体現しているのとは異なる。

一方のフリアン・カストロ氏にとって、ラティーノ系移民のバックグラウンドは大きな武器だ。

彼女の祖母は1920年、6歳の時に孤児としてメキシコを出て、テキサス州のサンアントニオにいた親戚の処に身を寄せた。彼女は小学校をドロップアウトし、残りの生涯をメイドや料理婦、ベビーシッターとして生計を立てながら、たった一人の子供であるカストロ氏の母親を育てた。カストロ氏の母親はメキシコ系移民の公民権運動であるチカーノ運動の活動家となり、そのことがクルーズ氏とは対比的なカストロ氏のリベラルな政治意識の源流となっている。カストロ氏は、クルーズ氏と同じくハーバード・ロー・スクールを卒業し、サンアントニオの市議を経て、2009年にサンアントニオの市長に当選する。

そして、彼を全米レベルで一躍有名にしたのは、2012年の民主党全国党大会における基調演説だ。2004年の党大会では、当時イリノイ州の州議会議員に過ぎなかったオバマ大統領を一躍有名にした歴史ある基調演説の責を引き受けたカストロ氏は、祖母が孤児としてアメリカに渡ってから約100年間で孫が政治家として注目を集めるに至る彼の家族の歴史に触れ、今でも多くの人々の記憶に残るスピーチを行った。

アメリカの公共ネットワークであるナショナル・パブリック・ラジオのウェブサイトにその基調講演の原稿が掲載されており、一部を引用すると、

My family’s story isn’t special. What’s special is the America that makes our story possible. Ours is a nation like no other, a place where great journeys can be made in a single generation. No matter who you are or where you come from, the path is always forward.

(私の家族の物語は特別ではありません。特別なのはアメリカという国が私達の物語を可能にしたことです。私達の国は他の国々とは異なり、グレート・ジャーニーが一つの世代においても可能な場所です。あなたが誰でどこから来たかに関わらず、道は常に前に開けているのです。)

America didn’t become the land of opportunity by accident. My grandmother’s generation and generations before always saw beyond the horizons of their own lives and their own circumstances. They believed that opportunity created today would lead to prosperity tomorrow. That’s the country they envisioned, and that’s the country they helped build.

(アメリカは偶然、機会に満ちた土地になったわけではありません。私の祖母の世代やその前の世代はいつでも、自分自身の人生や環境を超えた地平を見つめていました。彼らは現在の機会は明日の繁栄につながると信じていたのです。これこそが彼らが思い描き、建設を助けた国なのです。)

トランプ氏やクルーズ氏が高い壁を作ろうとしているテキサスとメキシコの国境、100年前にそこを渡ったカストロ家の物語は、まさにラティーノ系移民にとってのアメリカンドリームであり、アメリカという移民国家の理念を体現するものでもあるというわけだ。そうした彼のビジョンは、今後アメリカという国において、ラティーノ系住民の人口や政治的発言力が増えていくと予想される中、大きな力になり得る。

とは言え、テッド・クルーズ氏もまだ45歳。フリアン・カストロ氏に至っては41歳だ。ラティーノ系の政治家達がテキサスの、全米レベルの政治にどういった影響を与えていくか、長い目で注目していきたい。

写真はテキサス州エルパソ付近のメキシコ国境の風景。IMG_0017

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