黒人のダラス警察署長デービッド・ブラウン氏の次なる戦い

7月7日、アメリカ南部テキサス州の大都市ダラスで警官が襲撃され、5人が死亡した事件から2週間が経ち、ダラスの警察署長であるデービッド・ブラウン氏は、事件の解決おいて発揮した優れたリーダーシップに加え、その壮絶な人生により世界的に有名になった。

彼の人生は既に日本のメディアでも紹介されているが、ここで改めて振り返ってみよう。彼は黒人として、サウス・ダラスのスラム街で生まれ育ち、1980年代のコカインによる街の荒廃を目の当たりにして警官になろうと決意したという。しかしその後、彼は自分の兄弟や警官としての最初の相棒を銃の事件で亡くし、更には6年前にダラスの警察署長になった直後、自分の息子が警官を銃で殺害し、別の警官に射殺されるという衝撃的な事件に直面する。しかし、彼はその悲劇を乗り越えて警察署長を続け、警官と地域住民の良好な関係を築くために「コミュニティー・ポリシング」という手法を導入し、ダラスの犯罪件数は低下する。

↓日本のメディアによる報道の例はこちら

警官銃撃事件のダラス市警察署長、銃による悲劇のキャリア 息子も失う

ここまでであれば、まさに英雄的な物語であるが、ブラウン所長には日本のメディアには報じられていない戦いが待っている。ダラスの地元新聞Dallas Morning News電子版の2016年7月18日付の記事Weary and worn, Dallas police face the end of mourning and the return of lingering problems(疲労困憊したダラス警察の喪が明け、懸案が戻ってくる)によると、事件が起こる前、ダラス警察における彼の立場は決して良好な状態ではなかった。凶悪犯罪の発生率の上昇に対して、ブラウン所長が部下の警官のスケジュールや担当業務を頻繁に変更したことで、警官達の疲労と不満が募り、警官達が組織する諸団体は昨年、二回もブラウン警察署長の辞職を要求していた。

警官達はブラウン所長が独裁的で復讐心が強く、自分の好きなことばかりやっていると考えており、多くの警官がより良い給料を求めて、テキサス北部の他の都市に去っていったという。また、世界的に称賛された「コミュニティー・ポリシング」というブラウン所長の方針も、警官が子供達とスポーツに興じている間に、街中でパトロールに当る警官の不足を引き起こしていたと批判されている。

しかし、襲撃事件はダラス警察における彼の立場を一変させた。彼は未だに論争を呼んでいるロボットによって容疑者を爆発させるという決断を行うとともに、公の場で、警察に過剰な責任が押し付けられていることを嘆き、デモの参加者に対しても、デモ行進から離れて警察に参加する様に呼びかけた。結果として、これまで彼を批判していた警察内の人々が、一斉に彼を称賛し始める。

とは言え記事は、襲撃事件の喪が明ければ、ダラス警官達のブラウン所長に対する厳しい視線が戻ってくるだろうとも指摘している。但し、ブラウン所長の味方は増えている。同じDallas Morning Newsの2016年7月22日付の記事DPD flooded with job applications since downtown ambush(ダラス警察にはダウンタウンでの襲撃以来、仕事の応募が押し寄せている)によると、事件後の二週間でダラス警察への仕事の応募は前月の同じ期間の3倍となったという。ブラウン所長はかつて、ダラスにおける人種間の緊張を改善する方法について聞かれてこう答えている。

“I’ve been black a long time.” (私は長い間黒人であり続けているんだ。)

“It’s my normal to live in a society that’s had a long history of racial strife. We’re in a much better place than we were when I was a young man here, but we have much work to do, particularly in our profession. Leaders in my position need to put their careers on the line to make sure we do things right.”

(私にとって人種間の長い闘争の歴史を抱えた社会に住むことは普通のことだ。我々は私が若者だった時と比べてはるかに良い状況にあるが、特に我々の職業において、まだやるべきことは多い。私の役職につくリーダー達は、自分達が正しいことをしているかを確認する道のりの中に自らのキャリアを置かなければならない。)

ここからは私見だが、白人警官が黒人を射殺したり、暴行を加える事件が頻発し、黒人の側が白人警官を射殺する事件まで続く中、殺害されたダラスの警官のトップが黒人だという事実は、一連の事件を白人対黒人の人種問題という構図に単純化できない重要な要素となっている。しかも、ブラウン所長は貧富の差や、麻薬問題、銃犯罪の増加やそれに対する規制の問題という、現代アメリカが抱える多くの問題を自らの人生を通じて体現してきた人物だ。彼の発するメッセージに今後も注目していきたい。

写真はダラスで最も有名な銃撃事件、1963年のケネディ大統領の暗殺の現場。現在は銃撃現場が博物館となっている。

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一連の黒人射殺事件に対してビヨンセは愛と正義を訴え続ける

アメリカ南部を中心にこの数週間で起きた黒人を巡る一連の事件は、アメリカに限らず日本を含めて全世界で連日大きく報道された。日本においては、アメリカにおける人種問題が如何に根深いかを多くの日本人に印象づけたことだろう。筆者は当ブログで日本にはなかなか伝わらないアメリカ南部の現在を伝えようとしてきたが、正直なところ、今回の事件は私の想像を大きく超えていた。では、このブログでは何が伝えられるだろうか?

事件についての分析は既に多くの専門家が行っているためここでは避け、このブログではテキサス州ヒューストン出身で、黒人差別に対して最近、積極的なアピールを繰り返しているアメリカを代表する歌姫ビヨンセが、今回の事件にどう対応したかに注目してみたい。私達の世代にとって、最も身近な黒人アメリカ人である彼女の行動が、一連の事件の背景となっているアメリカ社会が抱える問題を理解するヒントになると思うからだ。

↓ビヨンセについて書いた以前の記事はこちら

アメリカ南部の歌姫ビヨンセのニューアルバムLemonadeが持つメッセージ

まず、事件の経緯を振り返ってみよう。事の始まりは、7月5日、ルイジアナ州の州都バトンルージュで、アルトン・スターリング氏という黒人の男性が白人警官によって射殺されたことに始まる。射殺の目撃者達はその現場を動画で撮影し、インターネットに投稿された動画は白人警官達が不必要に彼を射殺している様に見え、全米で大きな波紋を呼んだ。そして、翌7月6日、今度はミネソタ州で、交通違反で呼び止められた黒人のフィランド・キャスティル氏が白人警官に射殺され、同乗していた彼の恋人がフェイスブックにその一部始終を動画で公開した。事ここに至り、黒人達の憤りは頂点に達する。

そうした状況に対して、ビヨンセも敏感に反応し、7月7日の時点で自身のホームページにFreedomと題した文章を発表する。その文章は次の様な強い言葉で始まる。

“We are sick and tired of the killing of young men and women in our communities. It is up to us to take a stand and demand that they ‘STOP KILLING US.”

(私達はコミュニティの中で若い男女が殺されるのにすっかりうんざりしているわ。私達次第で、私達は立ち上がり、彼らが「私達を殺すのを止める」様に要求することができるのよ。)

といっても、ビヨンセは暴力的な行動を推奨しているわけではない。文章の最後を彼女は次の様に締めくくり、各地の議会に連絡するためのリンクを張っている。

“Click in to contact the politicians and legislators in your area. Your voice will be heard.”

(あなたの地域の政治家や議員に連絡するためにクリックして。あなたの声は聞き届けられるわ。)

また、この文章が黒人差別だけに限った狭い訴えにならず、全てのマイノリティーに向けたメッセージとなる様にも配慮している。

“This is a human right. No matter your race, gender and sexual orientation. This is a fight for anyone who feels marginalized, who is struggling for freedom and human rights”.

((警官によって命を失われないこと)は、人種やジェンダーや性的志向に関わらず一つの人権なのよ。これは疎外されていると感じている全ての人々、自由と人権を求めて苦闘している人々のための戦いなのよ。)

しかし、ご存じの通り、事態は予想外の悪化を見せる。7日夜になって、ビヨンセの地元テキサス州の州都ダラスで、黒人射殺に抗議する平和的なデモ行進が行われていた中、最近の黒人射殺事件に腹を立てたという元軍人の黒人の男性が、白人警官を銃撃し、5人の警官が死亡した。

こうした時ビヨンセの様な影響力のある人物の発言はバッシングの対象にもなる。ワシントンポスト紙の2016年7月10日付の記事Beyonce is a powerful voice for Black Lives Matter. Some people hate her for it.(ビヨンセは”Black Lives Matter”運動にとって強力な発信者だが、それを理由に彼女を嫌うものもいる)によると、一部の保守的なメディアは、上記の文章を含むビヨンセの発言が警官に対する暴力を助長したと非難しているという。

ビヨンセはそうした非難に対して自身のインスタグラムで動画によるメッセージを発表した。動画は白黒の映像で、テキサス州旗の映像と交互に、射殺された警官達の名前が映し出されていく。また、動画にはビヨンセによる下記のメッセージが添えられている。

Rest in peace to the officers whose lives were senselessly taken yesterday in Dallas. I am praying for a full recovery of the seven others injured. No violence will create peace. Every human life is valuable. We must be the solution. Every human being has the right to gather in peaceful protest without suffering more unnecessary violence. To effect change we must show love in the face of hate and peace in the face of violence.

(昨日ダラスで不合理に命を奪われた警官の皆様のご冥福をお祈りします。また私は負傷した他の7名の方々の完全な回復を祈っています。いかなる暴力も平和を生み出しません。全ての人間の命は価値のあるものです。私達は(人種問題を)解決しなければなりません。全ての人類はこれ以上の不必要な暴力に苦しむことなく、平和的な抗議のために集まる権利を持っています。変化をもたらすために、私達は憎しみに対して愛を、暴力に対して平和を示さなければなりません。)

デスティニー・チャイルドの時代から、長年にわたってアメリカのポップスの頂点で活躍してきた歌姫が、自身のキャリアを危険にさらしてまで、自らが信じる正義に根差した積極的な発言を繰り返している。時に現実は、私達の、そしてビヨンセ自身の想像をも超える。しかしぶれることなく発言を続ける彼女のメッセージがアメリカ社会にどう影響しうるか、引き続き注目していきたい。

 

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