日本の各種報道(官民ファンド、テキサス新幹線に出資へ 米国発を後押し)によると、我らがヒューストンとダラスを結ぶテキサス新幹線の実現に向けた日本側の取り組みが盛り上がっている。今回は、地元テキサスに住む者としての視点から、テキサス現地での報道や、実際の交通事情をまとめ、テキサス新幹線のある未来を考えてみたい。
まず、テキサス新幹線はどこを通る予定なのだろうか。地元紙の一つHouston Chronicle電子版の8月26日の記事(Feds approve Texas high speed rail corridor(テキサスの高速鉄道のルートについての連邦当局の承認)によると、環境評価を実施中の連邦当局は、4つあったルートの候補のうち、”Utility Corridor”と呼ばれるルートに候補を絞った模様だ。このルートは、そのルートの70%において、高電圧の電線に沿っていることで、電力の確保が容易になるのと、ヒューストンとダラスをほぼ直線的に結ぶことで、カーブによる新幹線の減速が抑えられるのが特徴だという。これで、テキサス新幹線の事業主体Texas Central Partnersが掲げる、「ヒューストンとダラスを1時間半で結ぶ」という目標も現実的になってくる。
では次に、ヒューストンとダラスを一時間半で結ぶというのは、既存の交通手段と比べて、どういったメリットがあるのだろうか。現在、ヒューストンからダラスに行くには、自家用車か飛行機を使うことになる。
まず、自家用車で行く場合、ヒューストンのダウンタウンからダラスのダウンタウンまでは、高速道路のI-45に沿ってひたすら進み、渋滞がないと仮定して、4時間程度かかる。一歩ヒューストンを離れると、ひたすら牧草地が両側に広がり、眠気と戦わなければいけない道ではあるが、大型の車を好み、長時間運転が苦にならないテキサスの人達にとっては、十分日帰りで往復できる距離で、実際著者も、テキサスに来てからの3年間で、合計8時間の運転には慣れてしまった。
但し、同じくHouston Chronicle電子版の7月23日の記事(Texas high speed rail passes major milestone with first fundraising announcement(テキサス高速鉄道は最初の資金調達の発表によって大きな一歩を踏んだ)によると、Texas Department of Transportation(テキサス運輸局)は、ヒューストンとダラスの両都市で急増する人口によって、2050年には同じ距離を運転するのに6時間かかる様になると予測しているという。確かに僕がヒューストンに来てからの3年間でも、人口増による渋滞の悪化は激しく、空いている時には30分で行ける距離が、ラッシュ時には一時間以上もかかることもある。6時間の距離が1時間半で行けるとなると、ヒューストン新幹線の意義も高まってくるだろう。
一方、もう一つの交通手段が飛行機だ。両都市間では、地元テキサスのLCCであるサウスウエスト航空が、1時間に1便(朝夕のピーク時には30分に1便)を飛ばしている。フライト時間はちょうど1時間で、渋滞と住んでいる場所にもよるが、空港までの移動時間は車で30分、また、フライトの1時間半前には空港に着く必要があるとして、ヒューストンの自宅を出て約3時間後にはダラスの空港に到着することができる。但し、ヒューストンもダラスも主要企業のオフィスはダウンタウンだけにあるわけではなく、町中に散らばっているので、どちらかの都市に着いた後は、結局タクシーかレンタカーを利用しなければならない。また、アメリカ人には空港のセキュリティーの煩雑さを嫌がる人も多く、やはり現時点で最もメジャーな交通手段は車と言えるだろう。
とこう書くと、仮にテキサス新幹線が実現しても、車への乗り換えの必要性は飛行機と変わらず、メリットが限定的にも思える。僕としては次に、テキサス新幹線がもたらしうる「新たな生活モデル」に注目してみたい。
伝統的に、テキサスで理想とされる生活スタイルは、郊外にプール付き庭付きの一戸建てを持ち、広大な土地に広がったオフィスや工場まで、大型のピックアップトラックに乗り込んで通うというものだ。それは、伝統的なテキサスの主要産業が、牧畜業や石油産業であることにも関連しているだろう。しかし、ヒューストンでは近年、医療産業など新しい産業の拡大にも力を入れている。そして、高度な医療の専門知識を有する人材は、自分の働く場所を選ぶ際に、「生活の質(Quality of Life)」を重視する。人によっては、公共交通機関が発達した東海岸とテキサスを比べた際に、長距離運転の必要性がマイナス要因になることもあるだろう。
実際にヒューストンでも、そうした新しい発想を持つ人材のニーズも見越して、2004年からダウンタウンの一部で、路面電車の運行を始めている。今回、テキサス新幹線の意義を考える意味でも、初めてこの路面電車を利用してみた。
路面電車の駅は無人駅となっており、利用者はチケット販売機でチケットを購入するか、Qカードと呼ばれるプリペイドカードを専用の機械にタッチすることになる。チケットはどこまで乗っても、一律で1.25ドルだ。
駅内に時刻表等はないが、路面電車を運行するMETRO社のHPによると、ダウンタウンを南北に結ぶRed Lineと呼ばれる主要路線については、平日の日中は6分おきに運行されている様だ。実際に5分くらい駅で待っていると路面電車が到着し、正面から見たその姿は案外かわいらしい。
車両が新しいこともあるが、車内は清潔に保たれており、スピードが遅いこともあるが、運行中も振動もほとんどなく、乗車中は快適だ。乗客達もマナーを守って静かに乗っており、感覚としては、日本の路面電車を利用するのと変わらない。こうした路面電車がテキサス新幹線に接続すれば、一切車を使わずに両都市間を往復することも可能になる。
ということで、今後テキサスへの移住を考えている高度な専門技術を有する人材にとっては、ヒューストンとダラスのダウンタウン、そしてテキサスの二大産業都市である両都市間に、将来的に鉄道網が整備されることは、東海岸に近い質の高い生活ができることを意味する。乗客達は、移動中の数時間、運転の場合と違って、仕事をしたり読書にふけることも可能だ。テキサス新幹線の成功においては、いかにこうした人々のニーズを満たせるかが重要になってくるだろう。
もちろん、プロジェクトの成功においては、一般のテキサスの人々からの支援を得られることも同様に重要だ。地元テキサスのオンラインメディアであるThe Texas Tribuneの9月8日付けの記事(Texas Bullet Train Moving Forward Despite Obstacles(テキサス新幹線はいくつかの障害にも関わらず進んでいる)は、大都市間を結ぶ予定のテキサス新幹線が、都市部以外の沿線のほとんどの住民にとっては利用するメリットが出ないことを指摘している。沿線のコミュニティーの行政関係者には、牧畜業や地元の交通への悪影響を懸念して、プロジェクトに反対するものが多いとのことで、一部の住人は、最終的には強制的な土地収用に至ることも懸念している。
但し同じ記事では、50年にわたって死亡者・怪我人ゼロだった新幹線の安全性が、今後の議論で重要な論点になるとも指摘している。僕としては、大きな武器である安全性に対する信頼に加えて、プロジェクトが「テキサス新幹線のある未来」として、どういった生活モデルを描けるかに今後とも注目していきたい。
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